温泉街のメインストリートからちょっと路地に入ったところにある、伝統的建築のお宿。昭和10年に建て直したころの面影がいまに残っており、レトロな温泉旅館…
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温泉津にある三窯のうちの一つ。有限会社椿窯とは親戚関係にあり、それぞれ独自の作風を追求しています。窯を守る荒尾浩之さんは、先代の父が残してくれた椿…
温泉津にある三窯のうちの一つ。先代の後を継ぎ、兄弟で作品づくりに取り組んでいます。 製品の大部分に「椿」が描かれているのが、この窯の最大の特徴。可憐…
温泉津温泉街に向かう大通り沿いにある、こじんまりとした温泉浴場。昔は「小浜温泉」として知られていましたが、火事で焼失。その後、施設を建て直したのを…
温泉津にある三窯のうちの一つ。岡山県倉敷で修業した陶芸家の森山雅夫さんが独立し、1971年、登り窯のある温泉津に自分の工房を開きました。森山さんが得意…
観光案内所「ゆう・ゆう館」の道をはさんだ向かい側にある、昭和の香りただようスーパー。食料品、日用品、コスメから釣り用具まで何でもそろう〝田舎のコン…
天明の大飢饉のとき、寺の蔵を開いて住民の窮地を救った住職に住民たちが感謝して庭を造園したといわれ「紫白庭」と名付けられた庭園で有名な古刹。
1570(永禄3)年、尼子氏の反撃に備えるため毛利元就がわずか1ヶ月で築いた水軍城。櫛山城・笹島城と共に温泉津の押さえとして軍事上重要な役割を果たした。
温泉津湾の北西に位置する。櫛島の由来は、承久の変で隠岐の島に流罪となった後鳥羽上皇が途中嵐に逢いこの地に漂着し、世話になったお礼に古老へ櫛を授けた…
毛利元就の家臣、鵜の丸城の初代奉行として赴任、その後床屋、回船問屋、酒造業などが営まれた内藤家400年の歴史を伝える屋敷と土蔵群。特徴のあるなまこ壁、…
温泉津の町をはるかに見下ろす堂床山八合目に位置する石見観音霊場三十一番礼所。江戸時代の終わり、天明3年に麓の床屋『石原安左衛門』は大凶作のあとの疫病…
江戸時代に建てられた古民家で重要伝統的建造物として指定される「米子屋」。外観は当時のまま、内装はとても過ごしやすい空間に改修なさっています。台所が…