沖泊の湾内には船を係留するための鼻ぐり岩が多数残されている。鼻ぐりとは、牛の鼻輪のことで岩に穴をあけた物の他、杭・棒状・臼石の形をした物と形状はさ…
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銀山から西方8.8kmの日本海沿岸。石見銀山を毛利が支配した16世紀、銀の積み出しと石見銀山への物資補給が行われた港。
浄土真宗妙好人の一人といわれた浅原才市の家。晩年に五千とも一万とも言われる句を残し含蓄深い句は「口あい」といわれ、人々の心を打つ。安楽寺は浅原才市…
「おれは河原の枯れすすき」や「シャボン玉」など、童謡や流行歌を残した野口雨情が昭和18年4月に温泉津の俳人山口打聴の招きで温泉津を訪れた。詩碑は「向か…
浄土真宗妙好人の一人と言われた浅原才市さん。晩年に五千とも一万とも言われる句を残し含蓄深い句は『口あい』といわれ、人々の心を打ちました。
旅の途中に立ち寄った木喰五行のノミで刻んだ木彫りの仏が安置されている寺。木喰五行は享保3年山梨県生まれで、広く民衆に仏の信仰を広げたいという念願から…
戦国武将細川幽斎が百韻連歌の会を開いた逸話や石見銀山初代奉行、大久保長安の殺生禁断制礼や逆修墓がある事で知られる古刹。本堂裏手には、数多くの墓標が…
大阪・石山合戦時に本願寺・顕如上人から届いた書を存する。本尊は阿弥陀如来。元は禅宗で覚兆庵と称し、大永元年本願寺の実如宗主の教化により浄土真宗とな…
石見銀山華やかなりし頃、頻繁に温泉津港に出入りした北前船の守り神として信仰を集めた。温泉街を見下ろす岩山にある背後の岩は龍が大きく口を開けた様に見…